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東京高等裁判所 平成7年(ネ)425号 判決

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人らは、控訴人に対し、各自金二九五万〇三〇七円及びこれに対する平成二年三月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟の総費用はこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人らの負担とする。

理由

一  請求原因1の(一)(被控訴人らの関係)及び(二)(丁原工業所の本件建物の所有)の事実は当事者間に争いがなく、《証拠略》によれば、同(三)(本件保険契約の締結)の事実が認められる。

二  請求原因2のうち、本件火災の原因を除くその余の事実は当事者間に争いがない。

右争いのない事実と、《証拠略》によると、次の事実が認められる。

1  本件建物の周囲は、旧農村地帯であり、近年は都市化が進んで住宅、アパート、小店舗などが多く建築されてはいるが、農地も随所に点在している。

2  本件建物は、昭和三九年に建築された防火造平家建の作業場併用住宅であり、丁原工業所の社員寮及び作業場として使用されてきたが、昭和五三年ころからは空き家となり、本件火災当時は、丁原の親族の者などが、業務用の冷蔵庫や厨房用品、美容院の営業用の材料、宣伝用のマッチ、雑誌、家財道具、ダンボール箱など当面使用しない雑品を置いて物置代わりに使用していた。本件建物の周囲には高さ一・七メートル及び二・一メートルのブロック塀が設置されており、出入口には門扉が設置されていたが、本件火災直前のころは半開きになっており、誰でも敷地内に出入りできる状況であった。本件建物の玄関には鍵が付けられており、周囲のガラス戸の外側には雨戸が取り付けられていたものの、いつの間にか玄関の鍵が開けられたり、ガラスが割られ、雨戸が外されて、誰でも容易に出入りできる状態になり、浮浪者や暴走族等も出入りするようになっていた。そして、本件建物は、外観上かなり荒廃していたこともあって、一郎や二郎を含む付近の子供たちの間では「お化け屋敷」と呼ばれていた。

一郎は本件火災前に三、四回本件建物に遊びに行ったことがあり、門扉はいつも開いていて、その敷地内に入って遊んだが、本件建物の中に入ったことはなかった。

丁原工業所では昭和六三年ころ、雨漏りのため本件建物の屋根を補修したが、同年一二月末に丁原が見回った際、本件建物の玄関のガラスは割られ、雨戸が二枚くらい外されて外に倒れており、内側のガラス戸も開いていて、人が出入りし、中が荒らされている様子であったため、丁原はガラス戸と雨戸を閉めておいたが、それ以上に人の出入りができないようにするための格別の措置はとらなかった。

3  本件火災の発生した平成元年一月二九日は日曜日であったため、被控訴人甲野夫婦間の二男の一郎と被控訴人乙山夫婦間の長男の二郎(いずれも当時小学四年生)は、午前一〇時ころから東京都武蔵村山市《番地略》所在の当時の被控訴人乙山夫婦の居宅(以下「乙山宅」という。)で遊んだ後、一郎が昼食のためにいったん帰宅し、昼食をすませた後、再び被控訴人乙山宅に遊びに行く途中、近所に住む三郎(当時小学一年生)と出会い、その後、同人を加えた三名で被控訴人乙山宅や丙川宅でファミコンをして遊んでいた。右三名は、同日午後四時三〇分ころ、乙山宅から約一〇〇メートル離れた場所に所在する本件建物に遊びに行った。右三名は半開きになっていた門扉から本件建物の敷地内に入り、最初は本件建物の外で遊んでいたが、本件建物の南東角の一〇畳間の雨戸とガラス戸が開いていたため、そこから本件建物内に入り込んだ。建物内は薄暗く、その部屋には本や段ボール箱がたくさんあったため、窓際に本を持って行って見たり、段ボール箱を広げたりして遊んでいた。

4  そのうち、二郎が隣の部屋で多数のブックマッチ(二つ折りのポケット用もぎ取り式紙軸マッチ)が詰められているボール紙の箱を発見して、右一〇畳間に持ち出し、段ボール箱の中から盆のような物を取り出し、ブックマッチから一本のマッチをちぎり取り、こすって点火し、ブックマッチに点火して右の盆のような物の上に置いて燃やした。同様にして更にブックマッチを四、五個くらい続けて燃やしたが、すぐに火が消えてしまうため、そばにあった新聞紙をちぎってその盆のような物の上で燃やした。それを見た一郎は近くにあったプラスチック製の洗顔器を段ボール箱の上に置き、その中に紙をちぎって入れ、二郎と同じようにブックマッチで火をつけて遊び始めた。この間、三郎はそばで見ていただけであった。

5  このようにして、一郎がブックマッチを三、四個くらい燃やしたところ、洗顔器の底が溶けて燃え出し、さらに火がその下の段ボール箱に燃え移ったため、一郎は「下に火が移った。」といい、三名で近くにあった物で火を叩いて消そうとしたが消えず、そのうち、誰かの体が二郎が遊んでいた盆のような物に当たってそれが下に落ち、中で燃えていた紙等が火の粉のように散らばり、床や段ボール箱の上で燃え始めた。二郎が水を汲んで来て消そうと言い、右三名は本件建物の外に出て乙山宅に行き、屋外の水道からその場にあった容器に水を入れて本件建物近くの道路まで戻ったが、既に建物内には煙が充満し、窓から炎が上がっていて建物に入ることもできなかったため、一郎と二郎は約五〇メートル離れた北多摩西部消防署三ツ木出張所まで走って行き、同日午後五時五分ころ、本件火災の発生の事実を知らせた。

しかし、火の回りが速かったため、本件建物は全焼し、本件建物の南側にあった丁原工業所所有の木造平家建住宅(空き家)の北側の窓ガラス三枚、網戸一枚、塩化ビニール製雨樋を焼損し、同日午後六時一一分鎮火した。

三  請求原因3のうち、一郎及び二郎が責任無能力者であり、被控訴人らがその監督義務者であることは当事者間に争いがない。

ところで、民法七一四条一項及び失火責任法の規定の趣旨からすれば、責任を弁識する能力のない未成年者の行為により火災が発生した場合においては、民法七一四条一項に基づき、未成年者の監督義務者が右火災による損害を賠償すべき義務を負うが、右監督義務者に未成年者の監督について重大な過失がなかったときは、その責任を免れるものと解される。

したがって、右監督義務者は未成年者の監督について自己に重大な過失がなかったことを主張、立証したときは、その責任を免れるものと解するのが相当である。被控訴人は、重過失の存在を主張する者において重過失の存在を基礎付ける具体的事実につき主張、立証する責任があると主張するが、右主張は民法七一四条一項及び失火責任法の規定の趣旨に照らし、採用できない。

四  そこで、一郎又は二郎の監督について被控訴人らに重大な過失がなかったか否かについて検討する。

1  本件建物は周囲をブロック塀で囲まれ、門扉が設置されていて、外部とは隔絶された構造であったのであるから、本件火災当時、門扉が半開きとなっており、本件建物の雨戸は外れ、内側のガラス戸は開いていたとしても、右のような構造及び外観からすれば無断で入って遊ぶことが許されているような建物でないことは明らかであったというべきであり、被控訴人乙山松夫の原審における供述によれば、一郎及び二郎は学校において無断で他人の建物に入って遊ぶことは許されない旨指導されていたことが認められる上、当時小学校四年生であったのであるから、無断で本件建物に入って遊ぶことが許されないことは容易に理解できたものというべきである。

ところが、被控訴人甲野花子の原審における供述によれば、被控訴人甲野夫婦は一郎がお化け屋敷と呼んでいる本件建物に遊びに行ったことがあることは知らなかったことが認められ、また、被控訴人乙山松夫の原審における供述によれば、被控訴人乙山松夫は本件建物は乙山方から約一〇〇メートル離れていて、空き家であることは知っていたが、そこを子供たちがお化け屋敷と呼んでいたことやそこで遊んでいたことは知らなかったことが認められ、被控訴人らにおいて一郎又は二郎に対し本件建物に入って遊ばないように注意したことを認めるべき証拠はない。

2  一郎及び二郎はライターや普通のマッチに比べて扱い方が難しいブックマッチを使用して点火していること、盆のような物の上で紙を燃やしており、その際、新聞紙をちぎって燃やしていること、火が段ボール等に燃え移った時、叩いて消火しようとしたり、水を汲んで来て消火しようとしたりしたこと、さらに手に負えない状態に至ったときには迷わず、消防署の出張所に走って知らせに行ったことからすると、火の扱いや、その危険性についても相応の知識と経験を有していたものというべきである。

3  《証拠略》によれば、被控訴人甲野夫婦は二人とも喫煙するので使い捨てのライターをいつもテーブルの上に二つ置いており、一郎がそのライターで二、三回火を点けたり消したりしていたところを見たことはあったものの、すぐにやめてテーブルの上に置いたので特別の注意はせず、また、石油ストーブやガスコンロ等自動点火式の器具は使用しているが、マッチは使用していないため、一郎に対して火の危険性について格別の注意はしていなかったこと、被控訴人甲野太郎はリサイクル会社の作業所の所長であり、同花子はコンビニエンスストアに弁当を配達する業務に就いており、いずれも日曜日は休みであるが、本件火災当日は、被控訴人甲野花子は午後六時ころ買い物から帰宅した後、甲野方を訪ねてきた三郎の母の丙川夏子から聞いて初めて本件火災のことを知ったものであり、一郎のそれまでの態度には外見上特に変わった点は見られなかったことから、全くその事実に気付かなかったこと、被控訴人甲野太郎は勤務していて午後八時ころ帰宅し、被控訴人甲野花子から本件火災のことを聞き、一郎をしかったことが認められる。

4  《証拠略》によれば、被控訴人乙山夫婦も二人とも喫煙するので使い捨てのライターをそれぞれ一個ずつ持っているが、ほかに家の中にはマッチは置いておらず、二郎が小学校に入学する前に、ライターを持ったことがあったため、注意したことがあったこと、二郎の学校では朝礼のときに他人の家や畑へ入って遊んではいけないということを注意したことがあることは知っており、また、二郎は小学校三年時に授業中の態度がよくないということで学校から呼び出されて注意を受けたことが三回くらいあったが、二郎に対して火の危険性について格別の注意はしていなかったこと、被控訴人乙山松夫は会社員であり、同乙山春子は近所の洋品店で午前九時から昼まで働いていたが、本件火災当日は、被控訴人乙山春子は午後六時ころから二郎とその弟を連れて同被控訴人の実家に行っており、その間の午後七時ころ、被控訴人甲野花子が訪ねてきて被控訴人乙山松夫は本件火災のことを聞いたが、それまでの間、二郎は何も話さなかったため、被控訴人乙山夫婦はその事実に全く気付かなかったこと、被控訴人乙山松夫は、午後九時ころ帰宅した二郎に問い質してしかったが、そのときは二郎は顔面が蒼白になったことが認められる。

5  《証拠略》によれば、三郎の母の丙川夏子は、本件火災当日、三郎が、帰宅時間として定めていた午後四時二〇分を過ぎて午後五時二〇分ころ帰宅したため、帰宅が遅くなった理由を尋ねたところ、三郎の態度が異常で、「お化け屋敷が火事になってしまった。」「どうしたらいい。」などと涙ぐんで話し、寝ると言って寝てしまったため、帰宅後丙川夏子からそのことを聞いた父の戊田竹夫も三郎の態度に疑問を抱き、三郎を起こして更に問い質した結果、一郎と二郎が新聞紙に火を点けて本件火災になったことなどの経緯を話したことから、その事実の有無を確認するために丙川夏子が被控訴人甲野方に赴いたものであることが認められる。

6  以上によれば、本件火災は、一郎及び二郎において、一見して他人の所有であり、誰でも出入りすることが許されているようなものでないことが明らかな本件建物に侵入した上、付近に段ボール箱、雑誌、新聞紙など燃えやすい物が置かれていた場所において、段ボール箱の上に置いた盆のような物の上やプラスチック製の洗顔器の中で、ブックマッチを一本ずつ切り離すことなく、一個ごとに火を点けたり、新聞紙をちぎって投げ入れるなど極めて危険な態様の火遊びをした結果、発生したものであるが、一郎及び二郎は他人所有の建物に無断で侵入し、しかも、危険な火遊びをするようなことが許されないことであるということは理解し得たはずであると認められるのに、極めて安易に建物の無断侵入と危険な火遊びという行為をしたものである。したがって、被控訴人らにおいて、日ごろから一郎及び二郎が平素どのような場所で、どのような行動をしているのか、その場所や行動が適切で、危険性のないものであるかということに十分注意を払い、右のような点を的確に把握し、その内容に応じ適切な指導、監督を行い、仮にも他人所有の建物に無断で侵入したり、その建物中で危険な火遊びをするなどという、一郎及び二郎らの年齢の児童でも行ってはならないものであることが容易に理解できるような、違法でしかも危険性が高い行動に出ることのないよう適切な指導、注意を行っていれば、容易に本件火災の発生を回避できたものというべきである。しかし、前記の事実からすれば、被控訴人らは、日ごろから一郎及び二郎の行動について十分な注意を払い、一郎及び二郎の行動を把握し、その内容に応じた適切な指導、監督をしていたものとは到底認められないから、被控訴人甲野夫婦は一郎の監督について、被控訴人乙山夫婦は二郎の監督について、いまだ重大な過失がなかったとはいえないというべきである。

よって、被控訴人甲野夫婦及び被控訴人乙山夫婦は、本件火災につき、損害賠償責任を免れないから、被控訴人らの抗弁1は理由がない。

五  被控訴人らは、丁原が被控訴人らに対して本件火災に基づく損害賠償請求権を放棄する旨の意思表示をしたと主張し、《証拠略》によれば、本件火災当日に被控訴人甲野夫婦と一郎、被控訴人乙山松夫と二郎、三郎とその両親が丁原方を訪れてお詫びを述べ、その二日後に被控訴人甲野夫婦、被控訴人乙山松夫及び三郎の両親が丁原方を訪れ、一家族当たり五万円ずつの見舞金を丁原に渡し、さらに、一か月くらい後にその後の経過を知るために三郎の父の戊田竹夫が全員を代表して丁原方を訪れたこと、それらの際に丁原は本件建物については保険に入っており、保険金が下りることになったので被控訴人らには損害賠償の請求をしない旨述べたことがあることが認められる。しかし、右丁原春夫の証言によれば、丁原が右のように述べたのは、その段階では、丁原としては加入している保険についての保険金を受領する以外に被控訴人らに対して損害賠償の請求をする意向は有していないという趣旨を述べたものにとどまると認められるから、これをもって被控訴人らに対する本件火災に基づく損害賠償請求権を放棄するという意向を表明したものとまでは到底いうことができず、ほかに右放棄の事実を認めるに足りる証拠はない。

よって、被控訴人らの抗弁2も理由がない。

六  そこで、本件建物の焼失により丁原工業所の被った損害額について検討する。

1  本件建物は木造スレート葺平家建居宅工場で、床面積一一五・七〇平方メートルであって、昭和三九年に建築されたものであることは前記のとおりであり、前記の《証拠略》によると、控訴人から依頼を受けた株式会社中央損保鑑定事務所においては、その所属の日本損害保険協会登録火災損害鑑定人の遠山克亮が本件火災の一、二日後に本件火災現場に赴き、実態調査をするとともに丁原の妻に面会して説明を受けた上、本件建物の再築価額を九九一万七〇〇〇円(一平方メートル当たり八万五七一三円)、償却率を年一・八パーセントとし、二五年経過により四五パーセントを償却して、本件建物の焼失時の価額を五四五万四三五〇円と鑑定したこと、控訴人は、平成元年二月二七日丁原工業所に対し、本件保険契約に基づき、右鑑定に依拠して、建物の損害保険金として五四五万四三五〇円、臨時費用として一六三万六三〇五円、取片付け費用として五四万五四三五円の合計七六三万六〇九〇円の保険金を支払ったことが認められる。

しかし《証拠略》によると、保険実務上、木造建物の経年減価率として、併用住宅では一平方メートル当たりの新築費一三万六〇〇〇円未満のものについては年二・三パーセント、工場・倉庫では同じく六万九〇〇〇円未満のもの年二・三パーセント、六万九〇〇〇円以上のもの年二・〇パーセントという数値が標準的に用いられていることが認められ、右のとおり本件建物の再築価額は一平方メートル当たり八万五七一三円であること、本件建物は近年空き家となり十分な管理がされていなかったと推認されることをも考慮すると、右鑑定が償却率を年一・八パーセントとしたのは低きに過ぎ、少なくとも二・三パーセントとするのが相当である。そこで、これにより前記鑑定結果を修正すると、四二一万四七二五円となるから、本件建物の焼失により丁原工業所の被った損害は四二一万四七二五円であるというべきである。

2  控訴人は、取片付け費用五四万五四三五円も損害であると主張する。しかし、前記の《証拠略》によると、右取片付け費用というのは、本件保険契約の約款一条九項に基づき、控訴人が、建物の保険金以外にその一〇パーセント相当額を残存物取片付け費用保険金として支払ったものを指しているものと認められるが、丁原工業所が現実に取片付けのために右金額相当の支出をしたことを認めるに足りる証拠はないから、右金額は損害と認めることはできないというべきである。

七  丁原工業所は本件建物内に多量のマッチや燃えやすいダンボール箱、雑誌などを保管していたものであるが、何びとかによって本件建物の玄関の施錠が開けられ、ガラス戸や雨戸も開けられて、浮浪者等が入り込んでいたことがあったこと、丁原が、昭和六三年一二月末に見回った際にも、玄関のガラス戸は割れており、雨戸も二枚くらい外され、内側のガラス戸も開いていて、そこから人が出入りし、中が荒らされている感じがしたのに、丁原はガラス戸及び雨戸を閉めたのみで、それ以上に人が勝手に出入りすることを防ぐような措置は採らなかったこと、本件火災当時は門扉は半開きであり、雨戸とガラス戸は開いていたことは前記二の2、3において認定したとおりである。右事実によれば、丁原工業所は、本件建物を誰でも容易に内部に入り込めるような状態で放置していたものであり、そのため、一郎及び二郎らは本件建物内に容易に侵入することができ、本件建物内に置かれていたブックマッチで火遊びをした結果、本件火災が発生するに至ったものであるから、丁原工業所には、本件建物の管理につきかなりの過失があったものというべきであり、その過失割合は三割とするのが相当であるというべきである。

そこで、前記損害額について、右の割合による過失相殺をして、丁原工業所は、本件建物の焼失により、被控訴人らに対し、前記損害額四二一万四七二五円の七割に相当する二九五万〇三〇七円(一円未満切り捨て)の限度で損害賠償請求権を有するものというべきである。

八  前記の《証拠略》によると、請求原因5の(一)、(二)の事実(保険金の支払)が認められる。

右事実及び前記六、七によると、控訴人は、本件保険契約及び商法六六二条に基づき、丁原工業所が被控訴人らに対して有する前記二九五万〇三〇七円の損害賠償請求権を、保険代位により取得したものと認められる。

九  次に、被控訴人らは、控訴人の本訴請求は権利の濫用であると主張するが、《証拠略》によると、被控訴人甲野夫婦は日動火災海上保険株式会社との間で個人賠償責任保険契約を締結していたこと、右保険会社は、被控訴人らに賠償義務はないとして、責任保険の支払に全く応じていないことが認められる。

しかし、前記認定説示したところからすれば、本件火災について、控訴人が保険代位により取得した丁原工業所の被控訴人らに対する損害賠償権に基づき、被控訴人らに請求をすることは、正当な権利行使というべきであり、これを権利の濫用とすべき理由はない。

したがって、被控訴人らの抗弁3は理由がない。

一〇  よって、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求は、二九五万〇三〇七円及びこれに対する本件訴状送達の後であることが記録上明らかな平成二年三月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める限度で理由があり、その余はいずれも理由がないから、控訴人の本訴請求を全部棄却した原判決を右の限度で変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行宣言は相当でないから右申立てを却下して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菊池信男 裁判官 村田長生 裁判官 福岡右武)

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